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憂鬱系青羊のエッセイ的なブログ

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新都社本スレの思い出3 参加したかった新都社感謝祭

このブログは新年一発目の更新ですね。あけましておめでとうございます。
寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。お身体にはお気をつけて。
今年は新型コロナウイルスの影響で年始に親戚が集まらなかったので、何だか
新年を迎えた感覚がありませんでした・・・。お年玉だけはあげたのだけど、
会っていっしょにおせちをつつきたかったなぁ・・・。来年はできますように。
現在も感染者は増えていて、またしても緊急事態宣言が出てしまったけど、
いつになったら収束するんだろうな・・・まだまだ先なのだろうか。しんどい。
先日理容店へ行ったのだけど、中学生の頃からお世話になっている理容師さんが
もし自分が感染したらどうしようと不安が強くて通院していると仰っていた。
特に田舎なので、感染して中傷されたらと思うと時々パニックに陥るらしい。
一昨年息子さんを亡くされて、このご時世で娘さんやお孫さんとも会えなくて、
気晴らしに外出もできなくて。つらいな・・・。早くお元気になって欲しい。

前回以降で更新された好きな作品は「ボクハココニイル」、「アンティーク」、
ワールドエンドへようこそ」、「日替わり定職」、「だいずしろっぷ」、
僕と先輩の代理魔女戦争」など。あとキムチ先生の新作「女隊長」に期待。
人生にセーブロード機能」は2015年以来の更新があってとても嬉しかった。
それと「あぽろ大作戦」を最新話まで追いついた。個性的で面白かったな。
描いたものは魚眠洞とナナミ」の年賀FA、「百合少女交響曲♪」のトップ絵、
お礼絵、今月下旬に投稿する予定の絵を1枚、2月下旬に投稿するFAを1枚など。
「百合少女交響曲♪」10話の脚本も書いたけど、またオチがぼんやりしている。
あと2月下旬に投稿するアンソロジー用のアイディアも浮かんだのだけど、
描くかかなり迷っている。今さら僕が描いても喜ばれないだろうなと思って。
以前ならまだしも、もう僕の創作物には興味無いだろうしな・・・どうしよう。


さて今回は本スレの思い出の続きを。3年目。八年前の今日新都社を去られた
おやゆび主任も大好きな場所だったので。ただ今年はちょっと番外編かも。
完全に記憶を頼りに書いているので、間違っている部分があったらすみません。
思い出1https://rm307.hatenadiary.jp/entry/20190119/1547823618
思い出2https://rm307.hatenadiary.jp/entry/20200119/1579445983

2009年6月、当時のneetsha.comがあったCORESERVERのs7サーバは、
お昼時になると異常な負荷がかかり、サイトに長時間つながらなかった。
新都社と同居している他のサイトに負荷がかかっているのではという話で、
サーバ会社に連絡を取っても、メンテナンスが入っても解決される事が無く、
住民たちは我慢を余儀なくされた。せっかく新人やアクセス数が増えてきて、
本スレも盛り上がるようになってきているのに、と水を差された思いだった。

そんな中で始まった、自キャラを正装させて集合させ、こんな時だからこそ
新都社への感謝の気持ちを表そうという集合絵祭り「第1回 新都社感謝祭」。
スレでの呼びかけ後にすぐに会場の画像を作ってくださった方が現れて、
筆の速い作者さんが乗っかり、あれよあれよという間に参加者が増えていった。
どんどんにぎやかになっていく会場を見ているのは本当にわくわくしたなぁ。
開催期間がたった10日間しか無かったのに、100人を超える作者さんが参加され、
大いに盛り上がった。僕はその後の祭りの参加者もすべて数えていたのだけど、
過去、現在のすべての新都社の祭りの中で一番参加者が多かった祭りだった。

「第1回 新都社感謝祭」で完成した集合絵の縮小版

「第1回 新都社感謝祭」で完成した集合絵の縮小版

配置が絶妙で良いですよね。特にワンコがあいさつしているところが好き。
当時この画像の原寸大を分割してデスクトップの壁紙にして、一定時間ごとに
自動で変わるように設定していたなぁ。僕は見ていただけだけど楽しかった

でも、本当は僕もすごくすごく参加したかった。去年も書いたけど、普段から
本スレで好きな作者さんたちが楽しそうに保守絵祭りをされている様子を
羨ましく思っていたし、ただの読者だったけど、僕も新都社を四六時中見ていて
感謝の気持ちは負けなかった。好きな作者さんたちと祭りに参加したかった。
だけど僕は絵が描けなくて。有名FA作家の陸手がむ先生も参加されていたので、
僕も読者キャラで参加したいと思って描き始めたのだけど、会場のパースに
合わせた人物の立ち絵という条件は、絵が下手な僕には非常に難易度が高く、
おまけにマウス描きだったし、頑張ったけど結局ひどい絵にしかならなかった。
今もし下手な事を理由に参加をためらっている人が居たら、僕は「大事なのは
画力じゃないよ!気にせず参加しようよ!」と誘うけど、当時の他でもない
自分自身に対して前向きに思えるはずも無く。参加は諦めざるを得なかった。

大好きな場所で、大好きな人々が目の前で楽しそうに盛り上がっている。自分は
見ている事しかできない。楽しかったのも嘘じゃないけど、寂しさもあった。
小さなコミュニティだけど、僕にとってはとても好きで大きな世界だったから。
そこから頑張って絵を描けるようになろう!と思えたら良かったんだけど、
絵に苦手意識があったし、子どもの頃ならまだしも、ある程度年齢を重ねた
人間が今さら描き始めても描けるようになるはずが無いと強固に思っていた。
何を描いたら良いかもわからなかったし、想像力も無かった。作者さんたちの
ような発想で構図を考えられる気がしなかったし、創作への欲求も無かった。
漫画、絵描きの方々はもしかしたら上手く想像できないかもしれないけど。
また、前述のひどい出来だった感謝祭の絵のように、できない、劣った自分と
向き合い続けるのは怖かった。恥ずかしい絵も、自分も、見せたくなかった。

新都社感謝祭が終わっても、祭りの灯は(ついでに鯖落ちも)消える事無く、
またアンソロジーのブームもあり、新都社や本スレは盛り上がり続けていた。
僕は絵への気持ちを封印し、元のように一読者としてそれらを楽しんでいた。
変わらず作者さんたちが羨ましかったけど、それは考えても仕方の無い事だ、
僕には無理なんだからと、感謝祭以降に絵を描こうとはまったくしなかった。

そして翌2010年2月にAzPainter2の手ぶれ補正を知り、初めてFAを描く事に
なるのだけど、それについては「そうだ、FAを描こう」をごらんください。
この漫画では何となく絵を描き始めたような描写だったけど――まぁ実際に
無理だと思いつつ気楽にマウスを持っていたんだけど――、それまでの間には
こんな話があったのでした。ちなみに以前新ブログで書いた、参加したくても
できない人の事を考えるという話は、この時の思い出が端を発しています。

絵を描けるようになった事、つくづく恵まれているなぁと思います。終わり。
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